22 第1章 創業前史と一宮整理の時代(~1923) 1.尾州と毛織物 古くからの織物産地 尾州と呼ばれた愛知県一宮市一帯は、古くは大和時代 から織物が盛んな土地であった。尾張一宮で広く崇敬を 集める真清田神社の祭神・天萬栲幡千幡比売命(あめの よろずたえはたちはたひめのみこと)は梶の葉から織物を 作った機織の神と伝えられ、この他にも尾張一宮には織 物の神を祭った神社が多い。奈良・平安時代にかけてこ の地方では米に代わって絹や麻などの布が年貢として納 められていた。 尾州の織物は鎌倉から江戸時代にかけては絹が中心 であったが、江戸時代末期から明治時代中期には木綿が 加わって、絹綿交織の尾州縞として知られた。 その尾州が毛織物の産地へと転換するきっかけとなっ たのは1891(明治24)年に発生した濃尾地震であった。織 物業者の工場や機械が軒並み被害を受け、綿の原料を作 る木綿畑も壊滅的な打撃を受けた。再建を図りたい機業 家が綿に代わって注目したのが、ちょうどその頃から輸入さ れるようになった純毛の服地用セルジスであった。 そうした機業家の一人に、津島の片岡春吉がいた。片岡 は1903年にドイツ製服地のセルジスを使って純毛二幅着 尺セルの織りにわが国で初めて成功し、同年、大阪で開催 された第5回内国勧業博覧会にこれを出品し、好評を博し た。その結果、尾州一帯であとに続く業者が増え、尾州はセ ル織で知られるようになった。1914(大正3)年に第一次 世界大戦が始まるとドイツなどからの毛織物の輸入が途絶 え、これを補うかたちで国内での和服用着尺セルの生産に 第1章 │ 創業前史と一宮整理の時代(~1923) ■一宮七夕まつりの始まり 牽牛、織女の二つの星が天の川で年 に一度の逢瀬をもつ日が七夕。七夕 祭は棚機祭ともいい、機で織り上げ た神御衣を神棚に捧げ、祖神、祖霊 を祭る日とされている。織女は棚機 姫神で、服織神社の祭神・萬幡豊秋 津師比売命のことである。その加護 に感謝し、今後の繁栄を祈って昭和 32年7月14日に始まったのが、一宮 七夕まつり。商店街が競い合う飾り 物や催し物は年を追うごとに盛大に なり、現在は仙台、平塚とともに、日 本三大七夕祭の一つと称されるまで になった。 片岡春吉
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