26 第1章 │ 創業前史と一宮整理の時代(~1923) 新会社設立の中心人物2人を欠いたことで、3,000株 の株式募集も滞り、商法に定めた一定期限内の設立登記 にこぎ着けることができなくなった。株の払込金は1922 年12月上旬をもって全額返金することになり、尾西の機 業家たちの思いの詰まった毛織物整理工場の建設の夢 はついえることになった。 3.一宮整理の創業 新会社の再発足 一度はついえた整理会社設立の動きだったが、業界の 将来を考えると新しい整理会社がやはり必要であるとの 考えから、水谷毛織工場の支配人格であった武田相之助 (あいのすけ)が中心となり、高木 四郎と水谷宗次の思 いを継いで精力的な活動を開始した。経営陣には新しく 墨合名会社の墨清太郎、一宮の染色業者であった平松 茂、同じ一宮の機業家の森菊次郎などが加わり、新会社 設立に向けて動き出した。 再発足した新会社は「一宮整理株式会社」と命名さ れ、創立事務所を一宮市大字一宮字四ツ山7番に置き、 1923(大正12)年1月に看板を掲げた。 資本金は15万円、発行株数を3,000株とし、株式の募 集を開始した。第1回払込金は50円株1株につき、25円 で、同年2月24日に3,000株分の払込みが完了した。 地元の有力機業家が結集 一宮整理は尾西を中心として主な機業家と実業家が 株主として名を連ね、総勢56人を数えた。発起人は水谷
RkJQdWJsaXNoZXIy NDY3NTA=