32 しかし昭和期に入り、第一次世界大戦後の反動と関東 大震災による企業の不良債務を要因とする大きな経済的 混乱が生じ、銀行で前代未聞の3週間のモラトリアム(支 払い猶予)の緊急勅令が公布される事態となった。 当社では臨時の協議会を開いて、銀行の総休業への対 応策を検討した。結果、できる限り集金を行って給与など の支払いに充てる一方、振り出した手形は支払い猶予令 に準じて、その期間中になんとか方策を講じることや、緊 急措置としてやむを得ず一部の職工を解雇することとし た。このときの解雇は、常勤、臨時雇いを含め男女合わせ て78人となった。 1927(昭和2)年5月の第9期決算では1万2,218円の 赤字を計上することになったが、その後の洋服用セルな どの増産により収支は改善し、同年11月の第10期決算 では2,413円の黒字に転じた。同年に機械増設を目的と して倍額増資を行い、資本金を30万円、株主も57人から 97人に増やした。 第2章 │ 蘇東興業の誕生と戦時下の経営(1924~1945) ■菱Sの御輿が踊る 昭和3年、11月10日に昭和天皇の 御即位大礼式が行われた。当社は輸 出物の好調で利益があがっていたこ ともあり、11月16日に御大典奉祝 のために御輿を作り、一宮市中へ繰 り出した。御輿は菱Sマークの入った 巨大な酒樽の上に鳳凰を飾ったもの で、同じく菱Sマーク入りの衣装を着 た社員数十名がかついで練り歩いた という。 御大典奉祝の様子
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