ソトー100年史 1923-2023

35 県営検査の開始 1931(昭和6)年1月25日、製品検査の必要性から、愛 知県で毛織物検査制がスタートした。名古屋・一宮・津島 の3カ所に県営検査所支部が置かれ、各整理工場にも出 張所が設けられた。 県内すべての四幅織機の製品を検査の対象とし、組 織、染色整理の標準を定め、糸量と幅の制限、染色の堅 牢度試験、収縮強度などを調べ、一級品には富士マー ク、多少劣る製品には桜マークを打って合格印とした。 1931年度の検査高は1,680万m、5年後には約3.2倍の 5,454万mにまで達した。 しかしながら検査に必要な設備、場所などは染色整理 加工業者が一切無償で提供しなければならず、加工業者 には大きな負担となっていた。当社では工場内に約100 坪の検査室を増設し、当社独自の検査機器を備え付け た。当時、当社製品が他社と比べて冴えがないとの指摘が あったため、原因を調べたところ水質が良くないことが判 明し、新しいろ過装置を作って解決したことがあった。 県営検査が始まった当時、繊維業界の不況に加え、加 工賃の競争激化といった厳しい状況下にあり、これに満 州事変が追い打ちをかけ、整理業界は苦難の時代を迎え ていた。中国大陸で戦火が広がり日中関係が悪化したこ とで、尾西織物の中国への輸出の道も閉ざされていった。 尾州の織物業界 昭和初期、尾西の織物業界は一つの転換期を迎えてい た。尾州の機業は飛躍的に発展してきたものの、1工場当 たりの機械は11.1台、また10台未満の工場が6割も占め 第2章 │ 蘇東興業の誕生と戦時下の経営(1924~1945) 当社内県営検査試験室 試験室内部

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