ソトー100年史 1923-2023

40 軍需品の染色整理 1938(昭和13)年5月に国家総動員法が実施され、ほ とんどの物資やエネルギーが政府の統制下に置かれるこ とになった。業界関連では毛織物製造制限、繊維工業設 備許可制、羊毛製品の義務輸出制(リンク制)をはじめ毛 糸や繊維製品の販売価格取締規則が実施された。 そうしたなかで生産は軍需品に集中することになり、大 手紡績会社だけでなく尾西をはじめとする各地の毛織業 者にも注文が出された。当社も1938年10月から軍需用 毛布の染色、起毛割り当てがあり、翌11月の整理染色総 加工賃5万3,474円余りのうち軍需品が1万5,175円を 占めた。 1939年には原糸統制による事業難のため、当社で副 業として絨氈(じゅうせん)類の製造販売加工整理を行う 絨氈部を設けた。工場が同年10月末に完成し、11月下旬 には一部操業を開始した。 第2章 │ 蘇東興業の誕生と戦時下の経営(1924~1945) 津島出張所(旭時代) ■1トン車で仕事 毎日午前10時ごろ本社からくる社 用車に同乗して機屋を回り、検定所 へ持っていって検査を受けた反物を 積んで11時ごろに事務所に帰着。 3時ごろまで待機し、4時には車が 本社へ帰るという、しごくのんびりし た毎日であったという。 しかし、津島での蘇東興業の勢力は 大きく、そのころはまだ珍しかった1ト ン車を乗り回していたこともあり、町 では注目の的であった。

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