第0章 │ □□□□□□□□□□□□□□(~0000) 82 市)、平和町(現稲沢市)、七宝町(現あま市)、美和町(現あ ま市)、甚目寺町(現あま市)、大治町、蟹江町、八開村(現 愛西市)となった。 当社は工業用水として1工場当たり3,480トン/日、3 工場分として10,440トン/日を受水することになり、本社 と一宮事業部の2カ所で受水設備を設けた。当社独自の ろ過装置、軟水装置、原水の受水タンク、2工場分の貯水 タンクの設置工事は1983年11月1日に始まり、1985年6 月末に完了した。 東亜紡織と業務提携 1983(昭和58)年4月、大阪市の東亜紡織株式会社 から当社に対し、業務提携の打診があった。同社は羊毛 紡績からテキスタイルまでの一貫メーカーで、毛紡績業界 では日本毛織に次ぐ大手企業であったが、第2次オイル ショック以降、減量経営、非繊維部門の拡充などに取り 組んできたが、1983年から“全員経営”の名のもと、大々 的な経営改革にとりかかろうとしていた。その改革の一つ が同社の泊工場(三重県四日市市)で行っていた染色整 理事業を当社に委託するというものだった。機械設備に 加え技能や経験が必要な事業であるため、専門業者に任 せたいというのがその理由であった。 申し入れに対し慎重な検討を重ねた結果、これを受け 入れることとし、1984年1月から試験的に仕事の一部を 受け入れた。同年10月15日に業務提携契約を締結し、東 亜紡績による当社の株式の買い入れ、代表者の一人が当 社の取締役に就くこと、染色整理に従事していた社員の 受け入れ、泊工場の設備一式の買い入れ移設、染色整理 5 オイルショック後の経営改革と計画経営の開始(1974~1988)
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